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 式内社・懸社  淡海國玉神社  ♦♦
神社名 淡海國玉神社(おおみくにたまじんじゃ)
神名帳社名 淡海國玉神社(あはうみのくたま)
  御祖神社(みをやじんじゃ)(論社)
  御子神神社2座(みこのかみ)
  須波若御子神社(すはわかみこ)
鎮座地 磐田市見付2452-2地図が開きます
御祭神 大國主命
例大祭 7月13・14・15日

当社は古くは島名神社とも称し、延喜式(平安時代に編纂された格式)に記述がみられる式内社である。鎌倉時代より、幼児虫封じの神徳顕著故を以て知られている。今より1300年前の人皇40代天武天皇白鳳二年(651年)豊受姫伊勢国より渡御し給う、中島浜表に白羽の箭降り立ち光を放つ、諸人恐れて近づくものなし。翌日海上光り渡り波浪競い来たり、御船と共に跳び上がり箭と一所に納まり給う。「万民奇異の憩を為すところ神託あらたかなり、我は是豊受の神なり、永く鎮座の処は重ねてことを示すべし。」と。宣給い3日を経て、農具の鎌と箭と共に当郷の原に納まり給う。依て此の地を鎌田の里と伝ふて、今も御鎌田と称する田が有り、崇敬者祈願の御礼とし御鎌を奉献する。往古 御厨17郷一円を神領地となしたが応永年間の乱に押領され次で永禄・天正の兵火に神殿古証文等悉く焼け失せたのである。徳川家康公の駿河在城の折高百石の御朱印を賜りまた武具鏡をも下賜されたが今は当社の宝物となっている。しかして明治に及ぶ。明治12年7月に県社に列格す。

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神社入口 鳥居(明神鳥居)

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神額 「総社 大神」

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神号標 「遠江国総社 淡海國玉神社」

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手水舎

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神 門

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社 殿

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拝 殿

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本 殿

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社務所

写真撮影:2006年1月20日

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